熊本市内の目抜き通り。上通商店街を抜けた先にある並木坂に、上通並木坂商栄会が『ご苦労様 大西市長』とエールを送る上りが立ち並んでいる。
頑張ろう熊本、負けんばい熊本というのは熊本市民が声を揃えるものだから、今、復興のシンボルは大西一史市長、その人となる。『がんばれ 加藤清正』とは言えないから、時代は変わったものだ。

大西市長がんばれ
 
修復が望まれている熊本城は、昭和に再建されました。1960年の再建だ。その4年後の1964年に東京オリンピックは開幕した。
リオデジャネイロ・オリンピックが一昨昨日に閉幕したところだ。4年後に21世紀の東京オリンピックが開催される。熊本城の修復も、その年を目指しています。

熊本城の昭和の再建の時代、石坂さんの評価は高い。石坂繁さんは、太平洋戦争中から昭和20年までに一度市長を務めている。それからおよそ20年経って、再度熊本市長にと、熊本市民が期待した思いがありそうだ。 
そして、その後の熊本市政は長期政権で安定が続いた。星子市長の4期を最大に、長く市長が行政のトップに居ることを望むのが熊本だと考える。
それぞれの分野で業績を残した人物が平成まで市長を歴任している。その業績を評価する市民が後押しをした。そのことが長く続いた力かもしれない。

平成の市長は、若返りが望まれた。熊本県知事が任期中に、温泉で休止するということがあったからかもしれない。熊本県知事にしても、熊本市長にしても、元気モンに見える人物を市民は選んでいる。
ご苦労様 大西市長

がんばろう、大西さん。エイジとしては大西市長の年代は、家族を大きく育むお年ごろ。一緒に将来の熊本を考えるのに、幸いな市長を熊本は選んでいたと思えます。
秘書気質を強く感じるのですが、中央行政での働きは期待できそうだ。

『熊本の復興』という言葉に振り回されないで、家族通しのつながり、熊本という土地で生きていく、、、大災害を経験すると、暮らしよりこちらの表現をしたくなる、、、そのためにはどうしたら良いのか、押し付けでなく、地域から上がった言葉を精査し、行政にお願いしたいのは専門家を集めて欲しい。いうなれば、行政から市民それぞれに足並みを揃えて欲しいということかな、生意気な言い方をすれば。知識にしても同じだけど、生活上不安のない人は、どんどん先に進み過ぎます。

それはそれで良いんです。先頭グループと、追いかけるものをつなぐのが行政だと思います。
皆さんのために『熊本の復興』を目指して熊本市がすることは、熊本城の復興はシンボライズなことです。予算や専門家、技術力を整備するのは行政だから出来ることです。

市民一人ひとりから、さぁ、家の方は安心だから、次は熊本城ば元に戻そうばい、という気持ちにさせること。強制的、とは言わないけど、心理に圧力をかけてほしくはない。熊本市政は、そうは思ってないのかもしれないですけどね。 この部分は市民それぞれの隣保で統制してもらって、行政だからこそ出来ることは何なのかを、考えて準備を進めて欲しい。